「僕は誰と生きていくべきだろうか」の中間報告。

今年の裏テーマに「僕は誰と生きていくべきだろうか」というのがある。
僕の所属を振り返ってみる。

  • 家族

  • 友人関係

  • 教会

  • ボランティア①(社会教育関係)

  • ボランティア②(社会福祉関係)

  • ZEN大学

  • 社会学の自主ゼミ

  • ゆる哲学ラジオ サポーターズコミュニティ

  • 放送大学

考えただけでもこれだけある。
これらは僕が望んで求めた所属である。この中で傷つき、喜び、悲しみ、怒り、そして笑っている。
一応、これが僕の現実だ。割と満足だ。

一方、これで満足していない自分もいる。僕の満足は僕だけが満足している、ということをふとした時に感じてしまう。
満足を含めた感情を共有する相手をずっと求めている。

結構僕は理解されないがちな人間だ。趣向が偏っているのだからそれも頷けるし、社会的なコミュニケーションの特性から感情を伝えるのが苦手な部分も少なくない。

一人暮らしが始まった頃、こうアドバイスを受けた。
「君の楽しみが、周りの人の楽しみにもなればいいね」

明日から大学は後半戦に入る。4月が誕生日の僕は22歳の後半も始まるし、年度の後半も始まる。

「僕は誰と生きていくべきだろうか」という問いを、もう一度整理しておこうと思って、この記事を書いた。

未完成の僕は、明日も生きるだろう。

2025/09/30 – まだ日付を跨ぐには余裕のある夜。

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ぼくとあなたとトランプさんと石破さんとの違い。 – 考えてることを書き殴った記事。

言いたいこと

こんばんは。
最近、キーボードを叩いてしっかり文を考えることがなかったのでリハビリがてら書きます。

早速、タイトル回収ですが、ぼくとあなたとトランプさんと石破さんとの違いはありません。

ぼくもあなたもトランプさんも石破さんも、てのひらを太陽に透かしてみれば普通に赤い血が流れていることが分かるかと。

なので、トランプさんもゼレンスキーさんもネタニヤフさんも僕もあなたもガザで殺されている子どもたちもウクライナで殺し合いをしている若者も、同じ人間なので一刻も早く戦争をやめた方がいい。

僕は訳の分からないことで誰かが殺されている状況は、もういい。

以上。

以下、蛇足。

蛇足①

僕は信じることが日々、難しくなっていると思う。
裏切られるのが怖いからだ。

期待するから、期待が叶わなかったときに、そのギャップで苦しむ。
だったら、期待しない方が苦しまずに済む。
これはある意味な生存戦略だと思う。

蛇足②

僕は人間は常に帰属に悩んでいると思う。

ここでは再三言われている、家と職場(学校)と地域の空洞化みたいなのは言わない。
言わないが、「居場所」が欲しい、ないし、「居場所」が必要だ、みたいな、言説をよく見かけることに何か説明は必要だと思う。

仮に「成熟した人間は必要とされることを必要とする」というような言説が真であるとき、「必要とされること」を「他者からの協働の要請」と読むのであれば、何かしらの集団に帰属したいという人間の欲求を少し整理しなければならないと思う。

具体的なケースを挙げると、青年がボランティアの現場で協働を要請されること、子どもがヤクザに協働を要請されること、市民が政党組織の政治運動への協働を要請されること、などがある。

ここでこの3つを挙げたのは、どれも所謂「絆」のような、よくわからない抽象的な、しかし麗しいことばで表現できそうな関係性である。

もっと言うと、この3つのケースは主語の人物がソーシャル・キャピタル(社会関係資本)を家族関係・雇用関係ではない形で獲得している。(ヤクザの例はちょっと違うかもだが)

このような団結は団結の外に対して暴力(的影響)を及ぼす可能性はよくよく考えればあり得るし、これまでの歴史の中でもあり得てきた。

「絆」も「ソーシャル・キャピタル」も麗しいだけの概念ではないと思う。

蛇足③

「社会/世界の中で分断が進んでいる」
という、お決まりの言葉がある。聞かない週はない。

ただ、「社会/世界」というものの中で「分断」が進んでいるという感覚はあんまりない。そもそも自己と他者の間は既に境界線があり、「分断」されている。
少なくとも僕は他人の考えていることは全然わからない。必死に相手が発する態度や言葉、状況の中で推察はするが、あくまでも推し量っているだけだ。

移民難民問題も「分断」云々の話に誇張しすぎな気がする。
何歩か後ずさりしてみて、「人々が住んで働くところを移動させている」と観ればもう少し整った説明ができるのではないかと思う。

多分、そこまで政治や宗教的イデオロギーで日本に来ている人はいないと思う。
日本がめちゃくちゃ住みやすくて良い国だから色んな国の人々が来ていて、いい事があったり、トラブルがあったりする話だと思う。

まあトラブルは根深い場合もあるし、相手を追い出すのは簡単だが、追い出した相手が元居た場所に戻れるかどうかは、もう少し考えた方がいいと思う。

結局言いたいこと

毎日、わからないことが増える。
毎日、孤独に苛まれる。
毎日、苦痛を感じるし。
毎日、誤解にさらされる。

申し訳ないけど、僕は多分頭がいい。
が、頭の良さを有効活用できるほど賢くない。

僕は僕の理性について批判的にならないといけないし、判断を保留する”落ち着き”みたいなものもできるようにならないとと思う。

頭が言い分、賢く無さがよくわかる。

もっと鈍感になれればどれほど楽だろうかとつくづく思う。

それでも、僕は生かされている。
トランプさんも生かされている。
あなたも生かされている。

自分に
他者に
自然に
構造に

 

 

もう、書ける言葉がなくなってきた。
この文と問いは明日以降の僕に丸投げしたいと思う。

本当に以上。

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<ソーシャルサーヴァント>宣言 – 十歩前

このところ、WWVの更新が落ちているのは僕が世の中に何かを言う資格があるのかが、わからなくなってきたからです。
自信がなくなっちゃった。

でも、まあ僕は僕のために、SYNHALが社会と接続し、社会的な存在であると自覚するためにもこの記事は書きます。


僕は最近、1日がものすっごく短く感じる。やりたいことが多すぎて、やらなければならないことが多すぎて。
1日が充実してないと夜、ものすごい不安感に襲われる。

「僕は社会のために生きなければならない」「僕のあらゆるリソースは社会に還元されなければならない」

この思いは中学生ぐらいから、NスぺやE特を見るたびに思った。
「社会の不正義を放置し、見ないふりをする選択肢は僕にはない」
「社会のために僕は死にたい」(殉社?)
「僕はみんなを幸せにしないといけない」

友達にも心配されたが、今の僕は「べき論」で動き過ぎている気がする。
もちろん、それも自覚的なので、置物と化していたベースの弦を島村楽器で換えてもらい、毎日弾いている。

僕は無力すぎる。
仮に、今大好きな人が1万円で救えたとしても、その1万円すらも持ち合わせていない。
目には見えない透明な”社会”なるけったいな存在が平気で今も僕の大好きな人たちを傷つけている。

何が「社会学徒」だ。
”社会”の悪を的確に捉え、そこの不正義を正していく。僕はこのことに本気になりたいし、命を懸けたい。

で、なければ僕は生きる意味が一切無い。
僕に社会課題への無関心や、政治への無関心を語る人は注意してほしい。
多分、それは僕の”生きる理由”に直結する事柄だ。

あと、今の世の中で「自己責任」はほとんどない。
特に教育や発達に関し、この国の社会はまったく責任を果たしていない。

戦後80年であらゆるものが変化していて、教えるべき内容も倍どころではないはずなのに、義務教育を9年の制度設計にしてあるのは非常に無責任だ。

大人が責任をまったく果たしていないのに、若者に「自己責任」をしたり顔で語るのは不道徳極まりないと思う。
若者を平気で使い捨てる大人は必ず歴史が裁くはずだ。


今日の記事は何が言いたいかっていうと、僕はもう1人では社会と戦う力も勇気も湧いてこない。
今、僕を動かしているのは単に「べき論」だ。義務感と使命感だけで生きており、内実はボロボロだということを僕の関係者は知っていて欲しい。

それでも、僕は”社会”の不正義を命懸けで正す。刺し違えてでも”社会”の悪というリヴァイアサン的なものを討つ。

一緒に社会悪ハンティングをやってくれる人がいるのであれば、いつでも連絡が欲しい。
contact☆synhal.com(☆→@)でもいいし、インスタやXのDMでもいい。

僕はこの記事に共感してくれた君と社会を変えたい。

2025/07/31 – 昨日までの食器を洗い終えた後の昼前。

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レジスタンスを作りたい理由。

参院選が告示され1週間ほど経った。チームみらいのような政党交付金で「永田町にエンジニアチームを作る」と明言している候補者もいれば、参政党のように日々日々ヘイトを垂れ流す候補者もいる。
ベンチャー政党はよく吟味しないといけないのは、90年代の新党ブームのときに日本人は学んでいたはずだが、このありさまだ。

職場で10年後の生徒のことを想像して仕事にあたるように言われた。
僕は10年後のこの国にあまりいい期待をしていない。
歴史は繰り返す。必ずこの国は遠くない未来に<夜>が来る。
来なければ御の字。僕のただの杞憂で済むわけだが、今回の選挙戦を見てもそうは思えない。

僕が仲間づくりを急ぐ理由は、この10年以内に来る<夜>の時代に”ひとりぼっち”になるのが怖いからだ。
独裁政権ができた時のための抵抗勢力を作るとか、そんな威勢のいいものではない。
「レジスタンス」なんて言えばカッコいいが、ただ真夜中にイタ電している”かまってちゃん”とそう大差はない。

一方で市民的抵抗が必要な時代でもある。
令和6年の小中高生の自殺者数は529人。今日もどこかで子どもが自殺しているのだ。
こんな社会がいい社会だとは到底思えない。
一刻も早く知恵と行動を以って、社会課題に対処する市民の協働が急がれるだろう。

ここ10年で技術も凄まじく進歩した。しかし、人間の倫理はその技術に追いついているだろうか。

戦後、80年で科学も社会も大きく変化した。しかし、子どもに対して、その変化を捉えたうえで教育しているだろうか。

「歴史の教訓に学ばない民族は、結局のところ自滅の道を歩むしかない」 – 林えいだい(ルポライター)

テロ、震災、パンデミックと100年前と似たような歴史を人類は歩んでいる。時計の針は確実に一周した。

僕はものすごく怖い。マイノリティーを迫害し、自らの科学技術で同種を殺戮する時代にあと一歩で迫ろうとしているのではないかと。

だからこそ、僕は仲間が欲しい。
ひとりぼっちはつらいから。

2025/07/09 – 暑さのピークを過ぎたであろう昼下がり。

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Cool Summer.

久しぶりに初恋の人の夢をみた。
というよりかは、中学校が夢に出てきた。

先週から教育業界でのバイトが始まった。人生初のノンアンペイド・ワークが教育現場なんて、中学生の俺に言ったらなんて言うだろうか。

僕の10代は3年前に終わっている。僕は気づいたらティーンエイジャーを自動的・強制的に終了させられていた。
10代にすべきだったことで、できなかったことは両手で数えても足りない。

まあ、世が大感染症時代で僕も入院してたりとマクロ的にもミクロ的にも、暗くジメジメした”季節”を過ごしたことは自明だろう。

今年の私のテーマは「異質な他者と共に学ぶ」だ。
私は誰を隣り人として見定め、生きていくかを吟味しなければならない。


noteも地味に更新しています。
オフィシャルのインスタアカウントも作りました。

これからも細々とどこかで発信し続けます。

2025/07/02 – よくわからない目覚めの朝。

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生存報告

どうもどうも。
80億のSYNHALファンのみなさん。

私は生きています。

今のところ土日が用事で全滅している日々を過ごしていますが、充実はしています。
恋人でもいたら「リア充」と名乗れるのですが、、、

近くwwv抜きのsynhal.comをアップデートしようと思っています。
そろそろ肩書作って活動していこうかと思っているので。
(名刺も作った。)

その活動についてはsynhal.comのほうで詳しく書くと思うのでそちらを参照ください。

大学も教会も子ども劇場も西区の某チームでの活動もその他活動も隆盛を極めています。はっきり言って身動きとれねぇ、、、

今後は最低月1のwwv更新を目指して頑張りふ。

あ、あと4月頭に沖縄に行ってきていてそれについてのまとめもwwvで投稿していきます。

2025/05/13 – もう間もなく日付が変わる夜。

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信仰が「脅かされる」恐怖

世界中の信仰者(キリスト教に限らず)に聞いてみたい。
どれだけ自らの信仰に自信があるかと。

僕はそんなにない。
神様に会った事とかないし、夢に出てきたとか声が聞こえたとかもない。

信仰は目には見えない。また容易に脅かされる。
信仰に限らず、自分が信じるものというのは、いつでも崩れうる。

また、逆もある気がする。
信仰とか自信とかは鋭利だと思う。容易に他者を攻撃する。

僕は自信がある人が苦手だ。
自らの中に揺るぎないものを持っている人が揺るぎない言葉を発するとき、それが僕にとって共感できれば安心するし、共感できなければ不安になる。怖くなる。脅かされている気がする。

自信のある言葉に対する恐怖、(その人にとって)正しいと思っている言葉を浴びる恐怖、正論に対する恐怖。
これを抱き始めたのは僕が思春期に入り始めたころだったと思う。
10年以上は正論が、自信のある言葉が怖い。

「正論みたいなものにクリティカルに返すにはどうしたらいいですか?」

こういう質問をとあるイベントで出会った、有名な哲学を研究されている方にぶつけてみたところ、こう答えてくれた。

「その正論に”暴力”がうかがえる場合、その推論のステップをさかのぼって反証するといいのではないか」

この時から僕の勉強する理由に、「”暴力”のある言葉に対抗するため」が加えられた。

今回は書いてる過程で話が流転してしまったが、もう眠いので寝る。
明日も僕に成長が与えられますように。

2025/03/15 – 日付が変わり、だいぶたった後。

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「出会いが僕を生かすから」

どうもみなさん。
無事、WWVのリニューアルがほぼ完了しました。
リニューアルは見た目が変わっただけなんで、コンセプトとかは一切、変わっていません。
これからも広い世界をSYNHALの視座で語るブログをよろしくお願いいたします。

さて早速、最近のことを書くのですが、みなさんは小中学校の時の同級生と今、どれぐらい関わっていますか?

というのも、私は一切かかわっていませんでした。
2つ目の高校を辞めて、LINEを一度、アカウントデリートしたので、それまでの交友関係はリセットされたんですよね。
なので、当時の同級生が今何をしているのか、誰一人知らない状態でした。

が、先月、出先でばったり、同じ中学校の男の子と再会しました。
私は中学校の1年の1学期しか通っていなくて、彼は2年生から通い始めたので、入れ違いといか、私は彼にとって幻のクラスメイトだったようです。
それが、ばったり出会えるもんだから、夜中は不思議ですね。

昨日はその出先のイベントの今月の回があったので、また彼と再会したのですが、なんとまた、彼が彼の同級生=私の同級生を連れてきていて、10年近く越しの再開を果たしました。

それぞれ、実直に人生を歩んでいて、勇気をもらいました。

私はLINEを一回、デリートしたとき、彼らとの道は分かたれたのだと思いました。
しかし、分かたれて方向が違い始めた道は、今になって再び交差することになった。

私はクリスチャンだから、みこころとかすぐ言っちゃいそうになるのですが、それ以上にその場を作って関わってくれている様々な人、また、その場に来ようと思ったひとりひとりの思いの力だと思うのです。

「出会いによって人は変わる。生かされる」

あ、今思いついたのですが、「生かされる」と「異化される」って音が同じですね。

今日もはりきって玄関を出て、出会いに満ちた世界を生きようと思います。

2025/03/10 – 天気のいい、昼下がり。

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